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うなぎについて

うなぎ蒲焼

【うなぎ食の歴史】

うなぎの食文化は縄文遺跡から鰻の料理後が発見され、万葉集に歌われるほど日本では昔からウナギを食べていました。うなぎ蒲焼を食べるという習慣が定着したのは、江戸時代中後期になってからだと言われています。


【関東・関西のうなぎの開き方の違い】

関東流は背裂き、関西流は腹裂きにします。これは武士の多かった江戸では腹を裂くのを嫌った事に由来ているそうです。また関東では焼きの前に蒸しを入れるのが一般的ですが関西流は直接焼きます。柳川では背開きが主流で蒸しません。一般的に蒸しを入れないことで濃厚な味になります。

【日本のうなぎについて】

世界には18種類のうなぎが生息しております。日本にはニホンウナギ(アンギラ・ジャポニカ種)とオオウナギが生息しています。オオウナギは食用には向きません。ここで皆さんに覚えていただきたいのはヨーロッパウナギ(アンギラアンギラ種)です。
これは最近よくスーパーで見かけるようになりました。おもに中国・台湾で養殖され、このアンギラ種のおかげで安いウナギがたくさん売られるようになりました。

『アンギラジャポニカ種』

目が小さく細身で尾びれの周囲に黒い線があるのが特徴です。

『アンギラアンギラ種』

ジャポニカ種に比べ目が大きく、少し短く、ずんぐりしています。

味はジャポニカ種と比較すると少し脂っこいようです。

【土用丑の日の由来】

『土用の丑の日とは??』

土用とは古代中国で考え出された思想の陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)に基づき割り当てられた期間です。五行(木火土金水)の五時(春・夏・土用・秋・冬)を四季に割り当てた期間で、立春・立夏・立秋・立冬のそれぞれ前十八〜十九日間(各季節の終り)があり、土用は四季の間にあってその生成を助けるものと考えられています。年間に四回あり相生(そうじょう)の火生土(かしょうど)の関係で夏の土用が特に注目されています。
丑とは年・月・日・時の順序を示すための符号で十二支の二番目ことです。丑が十八〜十九日間内で先に来ると二の丑があります。曜日と同じで十二支の順番が変わることはありません。

『土用になぜ、うなぎを食べるようになったのか??』

土用の丑の日にうなぎを食べるという習慣が定着したのは、江戸時代中後期になってから。売り上げ不振に悩んだうなぎ屋から、相談を受けた平賀源内が「今日は土用の丑の日」と書いた張り紙を出して宣伝し繁盛したそうです。

平賀源内(ひらが げんない)
1728〜1779(享保13〜安永8)江戸中後期の本草学者、蘭学者、(医者)、作家、発明家